創立135周年
2010年06月01日
老蘇小学校は、今日135回目の創立記念日を迎えました。
この辺りが、まだ近江八幡市でも安土町でもなく、今の大字が村と呼ばれていた、明治8年6月1日に、老蘇村(西老蘇と東老蘇地区)に老蘇学校が建てられました。それが老蘇小学校の創立となっています。場所は現在老蘇小学校がある場所だったようです。内野村には内野学校が、石寺村には立生学校がありました。それから11年後、立生学校と内野学校を併合して老蘇簡易学校という名称になっています。内野村、石寺村、老蘇村が合併して新しい老蘇村
ができたのはそれから更に3年後の明治22年のことです。
明治8年というと日本に学制が公布されたわずか3年後のことです。老蘇地区の教育にかける思いが伝わってきます。今日は、135年の節目を記念して、航空写真を撮ってもらうことにしました。全校児童142名で人文字を作るのは少しさみしいので、お隣の幼稚園、保護者、地域、そして老人会のみなさんに参加いただくように呼びかけたところ、近江八幡市教育委員会の委員長、教育長をはじめ、100人を超す
方々がお越しいただき、たいへん賑やかに記念の写真を撮ることができました。こうして何かあると、たくさんの方々が駆けつけて下さるというのはとても嬉しいことです。
午後からは簡単な記念の集いの後、パフォーマンス・ラボの皆さんによる「エコ・サーカス」を楽しみました。楽しい理科実験と、パーフォーマーによるパフォーマンスを織り交ぜ、みんなで地球温暖化問題を考える機会となりました。
この辺りが、まだ近江八幡市でも安土町でもなく、今の大字が村と呼ばれていた、明治8年6月1日に、老蘇村(西老蘇と東老蘇地区)に老蘇学校が建てられました。それが老蘇小学校の創立となっています。場所は現在老蘇小学校がある場所だったようです。内野村には内野学校が、石寺村には立生学校がありました。それから11年後、立生学校と内野学校を併合して老蘇簡易学校という名称になっています。内野村、石寺村、老蘇村が合併して新しい老蘇村
明治8年というと日本に学制が公布されたわずか3年後のことです。老蘇地区の教育にかける思いが伝わってきます。今日は、135年の節目を記念して、航空写真を撮ってもらうことにしました。全校児童142名で人文字を作るのは少しさみしいので、お隣の幼稚園、保護者、地域、そして老人会のみなさんに参加いただくように呼びかけたところ、近江八幡市教育委員会の委員長、教育長をはじめ、100人を超す
午後からは簡単な記念の集いの後、パフォーマンス・ラボの皆さんによる「エコ・サーカス」を楽しみました。楽しい理科実験と、パーフォーマーによるパフォーマンスを織り交ぜ、みんなで地球温暖化問題を考える機会となりました。
Posted by 老蘇小学校 at 17:40
│ころっけパパのひとりごと